FILE.11 松田知洋さん サッポロビール株式会社 外食営業本部 外食統括部 東日本生ビール品質部所属
常に挑戦を続ける。好きなものと仕事を両立させたことでつかんだ自信と誇り。

“ちがいを ちからに 変える街。渋谷区”
その渋谷区の中で、障がいがありながらも、
仕事や家庭生活などのさまざまなステージで、日々真剣に生きている人たちがいる。
「MY LIFE, MY SHIBUYA」は、そんな人々の日常を描き出すノンフィクション。
今回ご登場いただくのは、大手ビールメーカー・サッポロビール株式会社の
東日本生ビール品質部で主任を務める松田知洋さんだ。
常にチャレンジを続け、試行錯誤を重ねながら突き進んでいる松田さん。
現在のように「好きなもの」と「仕事」を両立させるために、これまで考え抜いてきたこと、
行動し続けてきたことを言葉にしてもらった。
そこには障がいをものともしない力強い姿勢と、ものごとに対して
真摯に取り組む姿があった。
・・・・・

「私なんかがこのコーナーに出ていいんでしょうか。視覚障がいがあるとはいえ、特に意識することはないですし、他の方のようにこれまでドラマチックなことは何もなかったんですが……」

とつとつと穏やかな口調で松田知洋さんはそう切り出した。視力は0.04程度。ノートパソコンに映るような小さな字は見えず、人の顔もぼんやりとしか見えない。これは視覚障がいの一種である第一次硝子体過形成遺残の症状で、遠くのものが見えづらかったり視線が定まりにくかったりする。そんなハンディキャップを抱える松田さんは、冒頭の言葉とは裏腹に、試行錯誤を重ね、さまざまなチャレンジを経て自信と誇りを培い、責任を持って働ける自分の居場所を確保したキャリアの持ち主だ。

夢をかなえたその先で限界を感じた


普段は恵比寿ガーデンプレイス内にあるオフィスで勤務する松田さん。
取材されるのは初めてとのことだったが、終始笑顔で語ってくれたのが印象的だった。


松田さんは鍼灸師の資格を持っている。実際に鍼灸師として働いた経験もある。だが、それは松田さんにとって前向きな選択ではなかった。

「幼いときから視力が悪く、それが普通だと思ってきました。小中高も普通校に通い、高校卒業後には会計や経理の専門学校に入学しましたが、卒業したら就職先がなかったんです。そこで、手に職をつけようと鍼灸師の資格を取るため盲学校に入りました」

興味があった会計や経理の仕事に就くために選び、学んだ先には受け皿がなかった。視覚に障がいがあるとやはり職業が制限されるのかもしれないと、鍼灸師として働き始めた松田さんだったが、すぐに決意を新たにする。

「鍼灸師の資格を取った後、上京して就職したんです。すると、東京にはたくさんの選択肢があることが分かりました。自分で自分のできることを制限していたんです。『よし、商社か証券会社に入ってバリバリ働くぞ』と決め、勉強をして20代後半で大学に入りました」

大学卒業後、29歳で希望通り商社に就職。その後、証券会社への転職も果たし、晴れてかねてからの夢をかなえた。しかし、憧れの職場で松田さんは自らの力に限界を感じるようになった。

「かっこいい仕事だと思ったんですけどね(笑)。最初は未来を切り開けたように感じていましたが、現実には自分の知識では厳しい部分がありました。視力のハンデを感じたことはありません。ただ、この業界で仕事をしていくことは自分には無理だと思いました」

ビールサーバーの設置を段取りする仕事に従事

憧れだけではいけない。好きなだけでもいけない。興味がある分野で自分が責任を持ってできる仕事を探そう。当時32歳の松田さんはすぐに動き始めた。

そうして見つかったのがサッポロビールだ。

「サッポロビールはもともと大好きでした。ビールを売って儲けるというビジネスは単純で、非常に分かりやすいのも良かったですね。1本売ったらいくら利益になるというのが明快ですから。商社や証券会社は利益構造が複雑だったので、なおさらそう思いました」

オフィスの一角には飲食を取ったりバランスボールで
ストレッチなどができたりするスペースも完備されている。
現在のオフィスで働くことが好きだと話してくれた松田さん。
     

松田さんの配属先は、外食営業本部外食統括部東日本生ビール品質部。分かりやすく言えば、飲食店の規模や売上に応じて樽生のビールサーバーを手配する仕事だ。

仕事相手は、樽生ビールの契約を取ってくる社内の営業マンとビールサーバーの設置や回収、修理を手掛ける専門業者様。営業マンから「この店に取り付けるビールサーバーを手配してほしい」という依頼があれば、業者様に連絡を入れ、スケジュールを調整し、店にビールサーバーを設置する段取りをアレンジ。ときには回収の段取りも行う。

一番苦労するのは日程の調整だ。サーバーをすぐに入れてほしい、オープンに間に合わせてほしい。急ぎの案件は少なくない。

ビールサーバーの設置場所を確保するのに四苦八苦することもたびたびだ。新しくオープンする店の場合、ビールサーバーの設置場所決定の優先順位は低いことが多い。完成してみたら入れる場所がなかった、設置する場所の寸法が違っていた、そんなイレギュラーの案件にも松田さんは動じない。営業マンの要請を聞き、業者様に掛け合い、ビールサーバーの設置にこぎつける。

「ちゃんとサーバーが入って、無事にお店がオープンすると本当にうれしいですね。実際にお店に足を運んで、サーバーで注いだビールを飲んだときには、『この1杯のためにがんばってきて良かった』と感無量になります」

会議室でインタビューを終えた後、松田さんが実際にデスクのあるオフィスへと案内していただいた。
外の日差しは強いが、ビールがおいしい季節とも言える。
     

ハンディキャップをどう補うか


1日中デスクの前に座りっぱなしという松田さん。そのデスクの前には、他の社員とは違って、ノートパソコンの他に大きなモニターが置かれている。このモニターは松田さんのハンディキャップを補う強力な相棒だ。

「大型モニターで文字を大きくして見ています。うちの部署はペーパーレス化が進んでいるので、紙の書類を見る機会もだいぶ減りました。部署の引っ越しがあったときに、思い切って名刺や手元の資料をどんどんデータ化しました。おかげで、新型コロナウイルスの影響でテレワーク推奨となったいまも困っていないんですよ」

松田さんの仕事にノートパソコンと大型モニターは欠かせない存在だ。
2つの画面に目をやりながら、業務を進めていく。
     

松田さんのもとには電話も頻繁にかかってくる。松田さんからかけることも多い。

「若い営業マンとの連絡は社内LINEで済むことが多いですが、年配の営業マンや現場に出っぱなしなことが多い業者様の場合、メールを送るよりも電話をかけた方が早いんです」

ハンディキャップを感じさせない松田さんが困っている点を挙げるとすれば、社内や訪問先で誰かとすれ違うときだ。顔をはっきりと認識できないため、声を掛けずに通り過ぎれば、上司や取引先から「あいつはあいさつもしないやつだ」と思われかねない。

だが、松田さんはそんな事態をも想定して事前に手を打っている。

「大げさなことではないですが、最初にあいさつをするときに、『私は視力が悪くて』という話をちゃんとしておくんです。それが一番ですね」

文字が見えにくいなら見えるような道具を使う。顔が分からず失礼をしてしまう可能性があるのなら、前もってそう告げておく。ハンディキャップを受け止め、トラブル回避の道を探る。松田さんの対処方法は自然体だ。

分からないことがあれば彼に聞け


サッポロビールに入社して8年。すでに部署内で松田さんは一番の古株になった。それだけに頼られる場面は無数にある。

「ビールサーバーのことで分からないことがあれば、松田に聞け」

営業マンの間ではそんな定評が広がっているのだろう。面倒見が良く、話をしやすいキャラクターも手伝って、困ったことや分からないことがあると、すぐに松田さんのもとにメールや電話が飛び込んでくる。

携帯電話は常に持ち歩き、いつでも電話をかけたり出たりすることができるようにしておく。
松田さんの仕事において、携帯電話はなくてはならない商売道具だ。
     

「新人の営業マンがビールサーバーについて先輩に質問をすると、『それはとりあえず松田に聞いて』と言われることがあるみたいなんですよね。で、私に連絡を取ってくる(笑)。詳細がはっきりしないで丸投げされたり、基本的なことが分かっていない場合には『それぐらい知っておいて』と、ちょっと強く言ったりすることもあります」

でも、と松田さんは言葉を続ける。

「以前、証券会社や商社にいたときにはこんなふうに人に強く言うことはできませんでした。自分の能力に自信がなくて、おどおどしていたからです。いま人に自信を持って伝えることができるのは、ビールサーバーの手配というニッチな仕事において、自分が誰よりもその知識があると自信を持って仕事ができているから。そんなふうに育ててもらった現在の環境には感謝しかありません」

自分にがっかりしたくない。責任を持って仕事をこなしていきたい。痛切な思いをサッポロビールという新天地で実現した松田さんの表情は晴れやかだ。

思いを込めてやれる仕事を


もっとも、豊富なノウハウが自分ひとりに属人化している状況を、松田さんは決して好ましいとは思っていない。

「自分が休んだら他の社員が右往左往してしまう。それは会社としてはまずいので、自分にたまってきたノウハウを資料として残し、マニュアル化を進めています。これならテレワークであっても、『あの資料を見て』というだけで、仕事をスムーズに進められますからね」

オフィスでは、和気あいあいとメンバー間で談笑する瞬間を見ることもできた。
ペーパーレス化によって、デスク周りはすっきりとしている。
飲食店の現場で使用すると思われる道具もちらほら見受けられた。
     

ノウハウの共有化は、次なる道を模索する松田さんの布石でもある。3年前に松田さんはコース転換の試験を受け合格した。志望したのは総合コースだ。

「いまの部署で8年。別の仕事にも興味が湧いてきています。特に“これ”といった具体的な希望はないのですが、思いを込めてやれる仕事がいいですね。しっかりと責任を果たしていきたいと思います」

昨年結婚して、プライベートも充実している。自宅で本格的な筋トレに励む松田さんはインターネットでの活動にも意欲的だ。すでにパソコンでマンガを描き、SNSに投稿している。YouTubeデビューも検討中だ。

「ハンディキャップと関係なく、自分をアピールできますからね。ネットの波に乗って、動画や画像を発信していきたいと思っています。缶ビールのレビューもやってみたいコンテンツの一つです」

そうビールの話をするときの楽しそうな松田さんの顔に浮かぶのは、自社のビールへの愛情だけではない。本当に好きなもの、関心があるものと仕事を両立させることができた力強い自信とプライドである。

<プロフィール>
まつだ・ともひろ/1980年生まれ。福岡県出身。幼少期より視覚障がいをもつ。高校卒業後、会計・経理の専門学校に入学。その後、盲学校に入り鍼灸師の資格を取得し、東京で鍼灸師として働き始める。20代後半で大学に入学、経営学を専攻。商社、証券会社での仕事を経て、2012年、現在勤務するサッポロビール株式会社に就職する。外食営業本部 外食統括部 東日本生ビール品質部に所属し、飲食店へのビールサーバーの設置、修理、回収の調整をメインに行う。

(制作:SHIBUYA PUBLISHING & BOOKSELLERS, LLC / 文=三田村蕗子 / 写真=松本昇大)