FILE.10 西岡勇己さん 株式会社ビズリーチ オフィスサポートセンター所属
疾患と向き合い、自分ができることをしっかりとこなす。会社を支える裏方のロールモデルを目指して。(前編)

“ちがいを ちからに 変える街。渋谷区”
その渋谷区の中で、障がいがありながらも、
仕事や家庭生活などの様々なステージで、日々真剣に生きている人たちがいる。
「MY LIFE, MY SHIBUYA」は、そんな人々の日常を描き出すノンフィクション。
今回ご登場いただくのは、HRテック事業やクラウド事業を運営するビズリーチ(Visional
グループ)のオフィスサポートセンターで働く、西岡勇己さん。
かつて、友人関係や仕事でうまくいかないことが続き、自分の心の弱さを責め続けていた
西岡さん。医師の診断や家族への相談を機に、それらの原因が病気の症状の一つであった
ことを知り、病気と向き合いながら自立するための行動に出た。
前編は彼の生い立ちについて、深く掘り下げる。
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午前6時半、西岡勇己(いさな)さんの朝は自身の弁当づくりから始まる。

「今の会社に入ってから、昼ごはん用の弁当をほぼ毎日作っています。豚バラ大根、豚キムチなんかをよく作りますが、レシピを見ながら、少しずつレパートリーを増やしているところです。自分でできることを一つでも増やそうと思って始めたのですが、好きなアニメのキャラクターが『料理ができる人間はモテる』と言っていたことの影響も否定できません(笑)」

「豚肉の料理ばかりですね」と笑う西岡さん。
週に1度はオフィスサポートセンターのスタッフでランチ会を行っている。

     


両親と妹、猫の“5人”暮らし。猫の餌やりと自分の部屋の掃除を済ませたら、45分かけて渋谷区の職場に向かう。9時ごろに会社に到着すると、まずはその日のスケジュールを確認し、すぐに仕事に取りかかる。午前中はとりわけ慌ただしい。西岡さんのチームの仕事が遅れてしまうと、オフィスで働く1,000人以上の仕事にも影響が出てしまうため、手際よく作業を進めなければならない。

渋谷クロスタワーにあるビズリーチの本社会議室からの景色。
ビズリーチは渋谷に複数のオフィスを持つ、渋谷ベースの会社だ。

     


「10時までの間に、フロアの開錠、清掃、加湿器の水や備品のチェックを行っています。月に2回ほどはコーヒーサーバーのメンテナンスもしています」

西岡さんは、ビズリーチのオフィスサポートセンターで働き始めて2年目になる。2018年に新しくできたばかりの部署で、7人いるチーム内で西岡さんは2番目に古いメンバーだ。「仲間と一緒に新しい部署を作る楽しさがある」という彼の仕事へのモチベーションは高く、この日の取材に対して受け答えする様子からも、実直な人柄がうかがえる。見た目には健康そのものであるため、初めて会う人はおろか、長年付き合いのある人でも、彼が今、ある精神疾患と闘っている最中であることには気付きにくいだろう。

友人が当たり前にできることが、自分にはできない


西岡さんの障がいが見えにくいのは、それが身体的な障がいではないからだ。「持続性気分障害(気分変調症)」という精神疾患の一種で、イライラしたり、やる気が湧いてこなかったりするなど、一日中気分がさえない状態が長期間にわたり続く。その間、食欲不振や倦怠感、睡眠不足、集中力の低下、自信の低下などの症状もみられるという。障がいに気付きにくいのは周りだけではない。本人も同じだ。発症から精神科の治療にかかるまでに、10年以上費やすことも珍しくないという。

西岡さんが取材を受けるのは初めて。うまく話せるか心配だと言うが、
落ち着いた受け答えに緊張の色は見えなかった。


西岡さんが持続性気分障害であると診断されたのもつい最近、2017年のことだ。それまではどうして自分の気分が優れないのか、仕事がうまくいかないのか、原因が分からなかった。ただ、振り返ってみると、子どものころからその傾向はあったという。

「小学生のころから、感情の起伏が激しい子どもでした。激しく怒ったり落ち込んだりすることもしょっちゅうで、一日中寝込むようなこともありました。何とか学校には行っていましたが、宿題などが提出日に間に合わないことも多く、友だちや先生とうまくいかないこともありました」

みんなが当たり前にできることが、自分にはできない。そんなことがよくあった。それでも真面目な性格が評価され、中学では剣道部の部長に選ばれることもあった。

「部長といっても、同学年は4人しかおらず、その中でサボらずに練習していたのが僕だけだったということです(笑)。部活で苦労したのは、後輩たちの指導です。後輩たちが自分の思うように動いてくれないときに、強めに怒ってしまうことがありました。そういうのは他でもよくあることだと思うんですが、僕はそのせいで周りから非難されることもあったので、行き過ぎだったのかもしれません。中学時代は人間関係に悩むことが多く、めまいや腹痛など、ストレスが原因と思われる体調不良がよくありました」

当時の西岡さんは、その原因が自らの精神疾患であるとは気付いていなかった。「自分の心が弱いからだ」と、自分を責め続けた。

自分の心の弱さに悩んだ20代


高校卒業後、都内の私立大学に進学した西岡さんは、生い立ちの異なる人々が入り混じる大学の自由な雰囲気や、個人の時間が増えたことにより、かつてのような人間関係のストレスは少なくなっていた。しかし大学生活の後半、西岡さんの前に立ちはだかったのは「就職活動」という大きな壁だった。

「なかなか内定がもらえず、友人からは『お前の根気が足りないからだ』と言われることもありました。これ以上やっても意味がないなと半ば投げやりにもなって、結局、正社員としての採用はあきらめて、契約社員として携帯電話の販売会社に入社しました。しかし会社が期待するような成果を上げられず、自分には合わないと思って1年で辞めました」

会社を辞めた後も、特にやりたいことは見つからなかった。西岡さんはしばらくの間、アミューズメント店やスポーツジムなどのアルバイトを転々として、気付けば5年という歳月が経過していた。20代後半となっていた西岡さんは、そろそろ正社員として働かなければいけないと考え、学生時代に苦しんだ就職活動を再開した。結果、ダイレクトメールなどの発送を代行する会社に入社したが、営業では成果を上げられず、資材管理業務でもしばしばミスを繰り返した。上司から叱責される日々が続き、精神的にボロボロの状態となってしまった。

「結局その会社も1年で辞めてしまいました。次は長く働けるように、自分が好きなことを仕事にしようと思いました。僕は服が好きなので、アパレル関係の仕事ならいいんじゃないかな、と思ったんです」

西岡さんが再就職したのは、洋服に付けるタグを扱う会社。営業事務として働き始め、西岡さんの思惑通り、これまでよりも仕事は長く続いた。しかし、ここでも仕事のミスやもの忘れが原因で上司から叱責されることが少なくなかった。この職場で西岡さんが気づいたのは、「自分が好きなこと」と「社会から求められること」は違うという現実だった。

「仕事で叱られるたびに、『自分が未熟だからミスをする』『自分の心が弱いからダメなんだ』と落ち込み、体調不良になってしまいました。おいしいご飯を食べているはずなのに気持ち悪くなってしまったり、普段食べないようなポテトチップスを夜中に食べ始めたり。過呼吸になることも増え、寝たきりになる日もあったほどです。体調がすぐれないと、それが原因でまたミスやもの忘れをしてしまう。まさに負のスパイラルという感じでした」

自己嫌悪に陥った西岡さんは、ひどいときは仕事の納期に遅れてしまうこともあったという。西岡さんは結局、この会社を3年で退職。自分の好きなことに直結する業界でも仕事が続かなかったことのショックは大きかった。このときすでに30代。自分は社会人としてやっていけるのか。そんな焦りが募る一方で、自分のモヤモヤはどこから来ているのか、その原因を知らなくてはならないとも思い始めていた。

自分に合う働き方を一から考える


幼いころ、魚好きの父親と頻繁に釣りに出掛けたが、
待つのが好きではないため、自分からはあまり行かないと話す。


西岡さんの「勇己(いさな)」という名前は、海洋生物が好きな父親がクジラの古い呼び名「勇魚(いさな)」から当てたのだという。動物好きの血を受け継いだ西岡さんにとって、傷ついた心を癒やしてくれたのはペットだった。

「猫を飼う前は、犬を飼っていたんです。犬は僕の気持ちを察してくれて、落ち込んでいたときは寄ってきてくれました。猫はそっけないですけど、朝ごはんを早く用意してくれと毎朝僕を起こしに来ます(笑)」

アパレル関係の会社を退職した後、西岡さんは精神科の病院を受診した。自身の症状をネットで調べているうちに、自分は心の病気ではないかという疑いを強めたのだ。

「そこで持続性気分障害と診断されました。ショックというのはなく、むしろホッとしました。これまで自分の人生でうまくいかないことが続いたのは、自分が悪かったからじゃない。そういう病気から症状が出ているからなんだ、と思えるようになったからです」

そこからの行動は早かった。ただ、焦っているわけでもなかった。今度は時間をかけて自分と向き合おう。西岡さんは自分に合った仕事や働き方を一から考えるために、ネットで見つけた就労支援施設に相談し、そこに入所することを決めた。2017年の暮れのことだった。

「約1年弱、自宅から施設に通って、健康管理の方法や仕事の進め方について、あらためて学び直しました。その間、収入はありません。でも家族が援助してくれたおかげで、安心して通えました」

病気のことは家族に隠すのではなく、打ち明けていた。これまで受け身で生きてきた自分を変えたい。自分一人で生きていけるようになりたい。西岡さんにとって、自分の言葉で家族に伝えることは、重要な決断だった。西岡さんの話を聞いた両親は、「そうだったのか」と、小さいころからうまくいかないことが多かったことに合点がいったようだった。

「経済的な援助は受けましたが、身の回りのことはなるべく自分でやっていくようにしました。身だしなみをきちんとしたり、部屋の掃除や片付けをしたり。一つひとつは小さなことですが、自分ができることを増やしていくことが大事。いずれ自分が自立して生きていけるようになることが、自分のできる親孝行だと考えています」

うまくいかないことの連続だった西岡さんの人生は、家族への告白を境に少しずつ変わり始めていった。(後編に続く

<プロフィール>
にしおか・いさな/1984年生まれ。東京都出身。4歳の時に1年間アメリカで過ごす。大学卒業後、携帯電話の販売会社、ダイレクトメールの発送代行会社、洋服の副資材を扱う会社などの職に就く。いずれも体調不良のため退職。2017年に「持続性気分障害」と診断を受ける。その後就労支援施設に入り自分にあった仕事を探す中で、株式会社ビズリーチに出会い就職。現在も月に2度診療を受けながら働いている。

(制作:SHIBUYA PUBLISHING & BOOKSELLERS, LLC / 文=香川誠 / 写真=松本昇大)