FILE.13 寺田ユースケさん YouTuber
挑戦し続けることでたどり着いた場所。「寺田家TV – サイボーグパパ」が見せる家族の姿。(後編)

“ちがいを ちからに 変える街。渋谷区”
その渋谷区の中で、障がいがありながらも、
仕事や家庭生活などのさまざまなステージで、日々真剣に生きている人たちがいる。
「MY LIFE, MY SHIBUYA」は、そんな人々の日常を描き出すノンフィクション。
今回ご登場いただくのは、YouTubeチャンネル「寺田家TV – サイボーグパパ」の
出演・運営を行う寺田ユースケさん。寺田さんはYouTuberとしての活動にとどまらず、
渋谷区に本社を構える株式会社CAMPFIREでの勤務や、障がい者のための
プロジェクトに多数参画するなど、幅広い活動を展開している。
たくさんの挑戦をしてきた寺田さんは、それと同時に、数多くの挫折や
苦しみを味わってもきた。そんなときに寺田さんを救ってくれたのは、
多くのかけがえのない人たちとの出会いであり、
「障がいがある人たちを励ましたい」という強い思いだった。
そんな寺田さんに、さまざまなお話を伺った。

挑戦し続けることでたどり着いた場所。
「寺田家TV – サイボーグパパ」が見せる家族の姿。(前編)


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差別をなくしたかった自分が差別をしていた


自分にはもう何も残っていない。だったら車いすホストとして働き、この世界で一番を目指そうと働き始めた寺田さんだったが、計画は思うように進まない。周囲のホストたちとの間にできた溝も深刻だった。

「ホストになったのに、『自分はホスト業には絶対に染まらない』と壁をつくっていました。障がいを差別してほしくないと思っていたのに、自分がホストを差別していたんですね。ホストの仕事が思うようにいかないのも当然です。自分の中の差別感情に気付いたのは、働いている仲間がそれぞれに事情を抱えながらも、ホストという仕事にプライドを持って働いていることが分かったからです。特に、そのホストクラブのオーナーとナンバー1ホストとの出会いは大きかった。オーナーの方には、『自分たちも障がい者に対する偏見がなくなった。君は小さな一つの社会を変えたんだ』と言ってもらえました」

自らの体験を通して、社会に根付いている差別や偏見を取り除くことは決して不可能ではないと知った寺田さんは、ヒッチハイカーとして車いすを押してもらいながら全国を旅する企画「HELPUSH(ヘルプッシュ)」を立ち上げた。障がい者やマイノリティーへの理解を深め、誰もが気軽に助けを呼びかけ、誰もが気軽に答えられる社会にできたら。そんな思いを込めた活動だ。

HELPUSHは、「車いすを押してくれませんか?」という気軽な助け合いの概念でもあり、
寺田さんはそうした声をかけ続けながら、車いすヒッチハイク旅を試みた。


「芸人時代の気持ちが残っていますから、全国各地を回っていろいろな人と関わることで面白いことができるはずだと思いました。脳性麻痺は30代に入ると症状が悪化するという情報もあるので、20代のうちに動けるだけ動いておこうと思ったのも動機の一つです」

自らの足で我が子を抱いて立ち上がった


1か月のうち3週間は「HELPUSH」で全国を周り、残りの期間は引退したホストクラブのオフィス業務をスタッフとして継続。そんなサイクルを3年続け、寺田さんは1,000人以上の人に車いすを押してもらい、47都道府県をすべて回った。忘れられないエピソードも数多い。

「ヒッチハイクって怖いと思うんですよ。見知らぬ相手を車に乗せるわけだから。『なぜ僕を乗せてくれたんですか』と尋ねると、『相手は車いすだから何かあっても自分は逃げられるだろうと思った』と正直に話す人もいました(笑)。コロナ禍のいまとなっては、他人の車にヒッチハイクで乗れたなんて信じられない。思い切ってやってみて良かったです」

2018年に結婚すると、寺田さんは「HELPUSH」の活動を動画として発信するため、同年8月に夫婦で「寺田家TV – サイボーグパパ」をスタート。当初は、車いすや全盲、難聴、義手・義足などの障がいを持った友人たちと一緒にバリアフリーに関する情報を発信していたが、新型コロナウイルスが感染拡大したことと、息子を授かったことで、「寺田家TV – サイボーグパパ」の内容も寺田さんの環境も変わっていく。

「日に日に妻のおなかが大きくなっていくのを見ていて、パパとしてできることを増やしていかなければと思っていたときに出会ったのが、装着型サイボーグHAL®*です。息子が生まれる2か月前からトレーニングを開始しました」

長男が誕生したのは2020年4月。寺田さんはHAL®のプログラム開始から3か月後、ついに息子を抱っこしたまま自らの足で立ち上がった。一体どれほどストイックなトレーニングを積み重ねてきたのだろう。動画に残されているその瞬間が物語るのは、我が子をこの腕に抱いて立ち上がりたいという寺田さんの強く深い愛情だ。

※装着型サイボーグHAL®:体に装着することによって、装着者の身体機能を改善・補助してくれる機器。


マンション火災を機に長野に移住


寺田家は2021年6月に東京から長野に移住した。

「住んでいた東京のマンションで火災が発生したのが契機になりました。そのとき、部屋にいたのは息子と僕の二人だけ。火災報知器が鳴ると『至急、避難してください』というアナウンスが入りましたが、エレベーターはすべて停止していました。僕たちが住んでいたのは5階の部屋です。たまたま住人の方が息子を抱いて降りてくれましたが、もし誰とも会わなかったら死んでいたかもしれません」

寺田さんと息子の2人だけでいるときに火災警報が鳴った日のことを、たまたま映像で記録していた。
その様子と、緊急事態が起こった際の車いすユーザーのリアルを動画で見ることができる。


いまのままでは何か起きたときに家族の安全を確保できない。寺田さんは引っ越しを真剣に考え始め、妻のまゆみさんの実家がある長野への転居を提案した。YouTubeでの活動の傍ら、渋谷区に本社を構えクラウドファンディングを手がける株式会社CAMPFIRE(キャンプファイヤー)でも働き始めてはいたが、どちらの仕事もリモートで継続できる。だったらもう迷う必要はない。夫婦の意見は一致し、実家に相談に訪れたその足で住む家の契約をし、移住を実行した。

「正直に言って長野は最高です。妻の両親のサポートも受けているので、妻の負担も減りました。もともと笑って過ごしていましたが、もっと笑う時間が増えましたね。妻からは人間らしくなったと言われます。というのは、以前は妻との会話がすべて仕事がらみだったんです。いまは仕事とは関係のない日常の話ができるようになりました(笑)」

新しい挑戦も始めている。一つは、CAMPFIRE社での取り組みだ。寺田さんは、今よりももっと気軽に助け合いができる世の中にしたいという想いで、新規事業提案のコンテストに参加している。

妻のまゆみさんも負けてはいない。長野に、近隣の高齢者や障がいのある人たちが寺田さんと同じようなトレーニングができる場所をつくろうと、各方面に働きかけているという。

2018年から開始したYouTubeチャンネル「寺田家TV – サイボーグパパ」は、
寺田さんの家族の様子を育児や障がいなど、さまざまなテーマで発信している。
2020年に生まれた息子との成長記録にもなっており、微笑ましく「寺田家」のみんなが身近に感じられる。


夫婦そろってポジティブでアクティブ。いまが大変なら、それを変える努力をすればいい。「寺田家TV – サイボーグパパ」が人気なのは、明るく前向きな意思に共鳴する人が多いからだろう。

「『寺田家TV – サイボーグパパ』のテーマは、見ている人たちに僕たちの親戚になってもらうこと。障がいがある人と関わったことがないと、どう接していいのか分からないと思うんです。でも、『寺田家TV – サイボーグパパ』を見れば、『そうか、こうすればいいんだ』と理解してもらえる。障がいがある若い人たちを励ます狙いもありますね。僕が挑戦している姿を見て、障がいのある若い人ががんばろうと思ってくれたら、こんなにうれしいことはありません」

自分に何ができるのか、何をやっていきたいのか。アイデンティティーに悩み、自らの居場所を探し求めてきた寺田さんは強力なパートナーを得て、個性や力を発揮できる活動場所にたどり着いた。障がいをなくすことはできないが、偏見や差別をなくし、壁を取り除くことは不可能ではない。そう信じて行動する寺田さんは間違いなく社会を動かすアクティビスト。芸人にはなれなかったが、芸人以上のインパクトを社会に与えていきそうだ。

<プロフィール>
てらだ・ゆうすけ/1990年生まれ、愛知県出身。YouTuberとして、YouTubeチャンネル「寺田家TV – サイボーグパパ」を運営。生まれつきの脳性麻痺により足が不自由だが、小学校から軟式野球を始め、高校・大学では障がい者野球も経験する。20歳のときに車いすと出会い、大学在学中のイギリス留学で障がいを笑いに変えていることに感銘を受け、帰国後、お笑い芸人に。その後、車いすホストも経験(Smappa! Group APiTS勤務)。2017年からは、友人たちと「HELPUSH」という車いすヒッチハイクの旅を開始。現在はYouTuberをはじめ、株式会社CAMPFIREに勤務したり障がいがある人たちに向けたプログラムなどに参加したりと、幅広い活動を展開している。

(制作:SHIBUYA PUBLISHING & BOOKSELLERS, LLC / 文=三田村蕗子 / 写真提供=UUUM株式会社)