FILE.12 布施田祥子さん 株式会社LUYL 代表取締役
好きなことを諦めない。道なき道を切り拓く先に見えてきたもの。

“ちがいを ちからに 変える街。渋谷区”
その渋谷区の中で、障がいがありながらも、
仕事や家庭生活などのさまざまなステージで、日々真剣に生きている人たちがいる。
「MY LIFE, MY SHIBUYA」は、そんな人々の日常を描き出すノンフィクション。
今回ご登場いただくのは、下肢装具の利用者も履くことのできるおしゃれな靴を、開発・販売している
株式会社LUYL(ライル)代表の布施田祥子さん。チャレンジ精神旺盛で洋服や靴が大好きな布施田さん。
2度の大病に苦しみながらも、「障がいがある人ももっと街に出て自由にファッションを楽しんでいい」
という思いのもと、下肢装具を着けていても安心して履けるおしゃれな靴を生み出し続けている。
病で弱ってしまいそうになる気持ちや、障がい者であることの不自由さを感じてしまうこともある社会に負けず、
数々のハードルを越えてきたその根底には「好きなことを諦めない」という強い意思があった。
靴づくりをはじめようと考えたきっかけから、今後の展望まで、布施田さんのライフストーリーを詳しく伺った。
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「障がい者が履く靴」と聞いて、どんなイメージを持つだろうか。株式会社LUYLの代表取締役を務める布施田祥子さんがデザインし開発・販売している、手足に障がいを抱えた人もスタイリッシュに履ける靴は、既成のイメージを覆す。

布施田さんの活動は、靴の開発・販売だけではない。おしゃれで機能的なバリアフリー商品をセレクトしてオンラインサイト上で販売する傍ら、講演やワークショップなど幅広い活動を繰り広げている。その原動力は「好きなことを諦めない」姿勢だった。

布施田さんがデザイン・開発・販売を手掛ける、下肢装具利用者も履くことのできる靴。

おしゃれな靴で、外に出たい


幅広のストラップと1.5センチのヒール。履き口が広く、足の甲を優しく包み込むようなフォルムが印象的な靴は、下肢装具や義足を着けたまま装着できる靴ブランド「Mana’olana(マナオラナ)」の商品だ。

片手で着脱できる商品設計が施されているものの、靴そのものとしての完成度が高く、スタイリッシュ。足に障がいがある方が履く靴であることを少しも感じさせないデザインだ。そんな靴を開発・販売しているのは、自らも下肢装具の利用者である布施田さんだ。

「既存の下肢装具用の靴は絶対に履きたくなかった。デザインがダサくて、ただ機能的なだけ。これでは外に出掛けたくなくなる。もっとおしゃれな靴をつくりたいと思いました」

下肢装具を装着した状態では足が固定され、足先を自由に動かせない。
そのため「Mana’olana」の靴は、ワンタッチで着脱できるよう設計されている。
女性用の靴を中心に開発・販売していたが、最近では男性用革靴も手掛けている。
     

欲しいものがないのなら自分がつくればいい。大胆な発想と抜群の行動力で、ファッション性が高く、障がいがある人も履ける靴の実現にこぎ着けた布施田さんは、これまで2度の大病を経験している。

1度目は脳出血。2011年、出産した8日後に12日間意識を失い、目覚めたときには左半身がまひしていた。リハビリで歩けるようになったものの、以来、下肢装具を着用する生活を続けている。

2度目は2015年。持病の潰瘍性大腸炎が悪化し、大腸を全摘出する手術を受けた。

「小学生の頃から胃腸が弱かったんですが、潰瘍性大腸炎であることが分かったのは19歳のときでした。脳出血で倒れた3年後に悪化したときは、うつ病になるほど本当につらかったですね。痛みで食事も取れず、下痢と血便で眠れない日々が続き、子育てもろくにできない。そんな生活が1年半続いたことで、15キロ近く痩せてしまいました」

大腸の全摘手術をすれば人工肛門を着けなければならない。躊躇(ちゅうちょ)していた布施田さんを後押ししたのは両親の言葉だった。

「手術すれば好きなものがいくらでも食べられて、よく眠れるようになるよ」と父に言われたんです。母にも、「病気じゃなくてもつらい思いを抱えている人はたくさんいるのよ。つらいのは自分だけじゃない」と言われ、手術を決意しました。両親の言葉で、つらいことも捉え方次第なんだなと思うようになりました。実際、手術をしたら本当に楽になったんです。退院すると2か月で15キロ以上も体重がアップしましたから(笑)。

2度の大病を乗り越えて、仕事もプライベートも充実しているという布施田さん。
     

ビジコンで事業計画が評価された


病気がちであったとはいえ、布施田さんのライフスタイルはアクティブそのものだ。高校時代にはダンスにはまり、ファッションと外国語には小学生の頃から興味があり、外国語専門学校卒業後はアパレルの仕事に従事し、休みを取っては憧れのパリやミラノを訪れた。30代では韓国にはまり、語学も習って年に2〜3回と足繁く韓国に通った。ヨガやフラダンス、ピラティス、ゴルフ、アロマテラピーなど数多くの習い事も経験してきた。

「とりわけ姉の影響で興味を持ったファッションは、本当に大好きですね。特に目がないのが靴。足の甲が薄いため、海外のブランドの方が足に合うんです。姉と2人で旅行に出掛けると靴をたくさん買って、大きなトランク4個で帰国したこともありました。一時は100足近く靴を持っていたんですよ」

ファッション、特に靴へのこだわりが人一倍強い布施田さんだけに、初めて下肢装具対応の既製靴を見たときのショックは大きかった。機能は優れているものの、デザイン面はほとんど考慮されていなかったからだ。

自分にはもうおしゃれを楽しむ日々は望めないのか。悔しい、悲しい、切ない。そうした思いが起業への道に結び付くのは、2016年に仕事に復帰してからだ。障がい者雇用の枠で就職した会社で慣れない事務仕事を担当していた布施田さんは、自分の「やりたい仕事」と「できる仕事」のギャップにストレスを感じていた。上司に相談すると、ある車いすの起業家について教えてくれ、調べてみるとその起業家がビジネスコンテスト(ビジコン)に出場していたことを知った。

「よし、私も出ようと思いました。プランは二つ。靴をつくる事業と、障がい者でも気軽に集まってフラダンスやヨガなどを楽しめるサロン兼ジムの事業です。とはいえ、事業計画書も収支計画書もどうやって作ったらいいのか、まったく分からない(笑)。セミナーに通い、講師の先生に教えてもらいながら構想をまとめていきました」

子育てと週4日の勤務の傍ら、ときには徹夜をして事業構想を練る日々が続く。その努力は着実に実り始めた。2017年9月に布施田さんの居住地である埼玉県が主催する女性向けビジネスプランコンテストで入賞したのを皮切りに、複数のビジネスコンテストで賞を獲得。2018年7月の「地域未来投資コンテスト」では「内閣総理大臣賞グランプリ」を受賞している。

「まるで賞金稼ぎのようにビジコンに出ていましたが、自分の中では障がい者であることが審査にプラスに働いているのかもしれないというコンプレックスがどこかにありました。ビジネスそのものを正当に評価してほしいと思っていたんです。でも、内閣総理大臣賞グランプリを受賞したときに私のビジネスプランに対する審査員のコメントを聞いて、ようやくビジネスとして認められたんだと心から思えました。うれしかったですね」

(写真左)初めて参加したビジネスコンテストである、埼玉県主催の「さいたまスマイルウーマンピッチ2017」では、キャリア・マム賞を受賞した。

(写真右)2018年の「地域未来投資コンテスト」では、「内閣総理大臣賞グランプリ」を受賞。
     

協力メーカーを求めて行脚する日々


ビジコンに挑戦する一方で、布施田さんは理想の靴をつくるため、協力メーカー探しをスタートした。自分が履きたい靴のイメージをスクラップした写真を見せ、協力を求めて靴メーカー行脚が続く。だが、そこで大きな壁に突き当たった。

「ファッションとしての靴をつくりたかったので、健常者用のおしゃれな靴をつくっているメーカーを当たりましたが、ことごとく断られました。障がいがある人向けの靴はつくったことがないという理由です。受けてくれたのはわずか1社。そこは、社長さんの身内に昔、下肢装具を着けていた方がいたと聞きました。やはり、靴にはすごく苦労したと仰っていました」

既存の下肢装具用の靴は足をすっぽりと覆うタイプで、ノーヒールが定番だ。さらに、装具を着ける側の靴だけサイズが大きくなっている。だが、布施田さんはストラップでサポートする靴、少しでもヒールのある靴、左右のサイズ差がない靴を追求した。ベルトや切れ込み、履き口など試行錯誤を重ねて、作ったサンプルは10足以上。2年の歳月をかけて完成したのがMana’olanaの靴だ。

靴メーカーと数多くの打ち合わせを行い、試作品をつくりながらトライ&エラーを繰り返し、理想とする靴を求めた。
     

セミオーダー形式で発売を開始したのは2019年秋。利用者の反応は予想以上と言えるだろう。

「これからの毎日が楽しみになった」
「この靴を履いてディナーショーに行きたいので、リハビリ頑張ります!」
「車いすで生活をしているけれど、この靴を履いて家族と出掛けるのが楽しみです」

Mana’olanaの誕生を喜ぶ声は、既製の障がい者用の靴への不満や飽き足らなさの裏返しだ。

「ヒールにこだわったのも、多少でもヒールがあると気持ちが上がるからです。みんな、普通の靴が履きたいと思っているんですよ。障がいを抱えた時点で終わり、なんかじゃない。障がいは受け入れても、おしゃれが好きで靴にこだわりたいという自分の中にある本質は同じです。障がいがある人ももっと街に出て自由にファッションを楽しんでいい。靴をきっかけに希望を持ってもらえたら、こんなにうれしいことはありません」

この人に会いたい


布施田さんの活動領域は靴の製造販売にとどまらない。障がいがある女性がおしゃれを楽しめる場の提供にも意欲的に取り組んでいる。

2020年12月には有楽町のマルイで「ドレスアップ撮影会」を開催した。

「好きなドレスを選び、プロによるヘアメイクと写真撮影、希望者にはMana’olanaの靴を履いて、笑顔で非日常を楽しんでもらいました。普段、おしゃれにすることを諦めがちな障がい者が主役になれるイベントとして開催しましたが、実際には家事や育児で時間に追われているお母さんもたくさん来られました。まさにダイバーシティの空間でした」

(写真上)2019年6月には、東京・自由が丘で「マナオラナでおしゃれな土曜日」と題し、靴の最新モデル披露や展示品・サービスの紹介、ワークショップなどを開催。
たくさんの方々が会場に訪れ、終始にぎやかで大盛況なイベントとなった。

(写真下)2021年2月、新宿マルイで約2週間のポップアップショップ「LUYL SELECT SHOP」をオープンした。Mana’olanaの靴だけでなく、LUYLがセレクトしたアイテムやサービスが展開された。
     

布施田さんは、渋谷を舞台に「デザインの力を使って超『福祉』の街」を目指して活動するNPO法人ピープルデザイン研究所の運営委員も務めている。同研究所の代表理事の須藤シンジさんの記事を見たことがきっかけだ。

「絶対にこの方に会いたいと思い、研究所に連絡を入れたらちょうど『超福祉展』のボランティア説明会にいらっしゃるということだったので、娘を連れて駆け付けました。帰りかけていた須藤さんを廊下で呼び止め、私が考えている事業のプレゼン資料を見てもらったんです(笑)。そうしたら、『まずはうちの研究所に入っていろいろな人とつながるといい』というアドバイスをいただき、運営に加わることになりました」

輝きが道標となる


「超福祉展」とは、テクノロジーや格好良くて可愛いデザインを備えた福祉用品を一同に集め体験してもらう同研究所主催のイベントだ。気になることがあったら、考える前にまずは行動しチャンスを逃さない布施田さんは、同研究所との接点を機にさらに活動のレベルを上げている。

昨年からは埼玉県立伊奈学園中学校や千葉工業大学創造工学部デザイン科学科佐藤研究室の学生と共に、おしゃれで格好良くて、障がい者も履ける靴のデザインコンペを<New Standard Shoes Project>として開催。学生たちが障がい当事者にリモートインタビューし、靴やファッションの悩みを聞いた上で、靴をデザインするこのプロジェクトは「超福祉展」のシンポジウムで最終審査が行われ、YouTubeで生配信された。さらに、このプロジェクトは「令和2年度埼玉県キャリア教育実践アワード」で最優秀賞を受賞した。

「超福祉展」で最優秀賞を獲得した千葉工大の作品は、商品化を目指し現在進行中だ。Mana’olanaでも、3月に向けて新たにサンダルとパンプスの開発を行なっている最中だ。靴メーカーとの交渉、ポップアップショップの準備、プロジェクトの進行。目の回るような忙しさが想像されるが、布施田さんはプライベートにも力を抜かない。

「いまゴルフをやっています。脳出血で倒れてから2年目にリハビリに取り入れたんですが、一昨年にはリハビリの先生のお許しを得てコースに出ました。ただ、ゴルフカートを使ってコース内に入ることができなかったんですね。どんなに障がい者がアクティブでも、受け入れ側の準備不足が多いことを実感しました。パラゴルフをもっと気軽にできるようにしていくのが今後の計画の一つ。パラリンピックにゴルフが採用されたら1人目の選手になりたい、なんてことも考えています(笑)」

好きなことを諦めない。できないのであれば、できる道を探り、できるように切り拓いていく。布施田さんが進む道の沿道にはたくさんのサポーターが立ち、エールを送っている。

布施田さんの会社・LUYLの由来は、「Lights Up Your Life」の頭文字だ。障がいがあっても、つらく厳しい場面に遭遇しても、人生を明るく輝かせよう。布施田さんの諦めない姿勢が輝きを放ち、道標となって、たくさんの人が後に続いて走り始める。そんな未来が浮かんできた。

<プロフィール>
ふせだ・さちこ/株式会社LUYL 代表取締役。NPO法人ピープルデザイン研究所 運営委員。外国語専門学校卒業後、ファッション関係の仕事に従事し、約15年間経験する。2011年、産後脳出血で左半身まひとなり、その後、持病が悪化し大腸全摘。2017年にセレクトショップ「Mana’olana(マナオラナ)」を立ち上げ、障がい当事者の目線を生かし「下肢装具利用者も履けるオシャレな靴」の企画・開発・販売を手掛ける。さらに「誰もが選択肢を持てる社会」を目指し、メーカー企業などへ商品開発のコンサルティングや、教育機関・医療機関などで講演活動も行なっている。

(制作:SHIBUYA PUBLISHING & BOOKSELLERS, LLC / 文=三田村蕗子 / 写真=松本昇大 / 素材提供=株式会社LUYL)