FILE.2 野村昌子さん サイバーエージェント
「社員のカラダとココロをほぐす笑顔のマッサージ師」(前編)

“ちがいを ちからに 変える街。渋谷区”
その渋谷区の中で、障がいがありながらも、
仕事や家庭生活などの様々なステージで、日々真剣に生きている人たちがいる。
「MY LIFE,MY SHIBUYA」は、そんな人々の日常を描き出すノンフィクション。
第2回目は、視力を失っても真心は失わず、
日々、社員のカラダのメンテナンスに取り組む
IT企業サイバーエージェントの野村昌子さんにご登場いただきました。
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「いずれは失明する可能性が高い」。医師はそう告げた

「網膜色素変性症」。それは治療法のない難病だった。

IT企業大手・サイバーエージェントでヘルスキーパーとして働く野村昌子さん(38)。彼女は高校生のとき、この病気を患っていることを医師から告げられた。

「網膜に異常が起きて、だんだん視野が欠けていく病気です。症状や進行のスピードは人によって様々ですが、医師には『いずれは失明する可能性が高い』と伝えられました。でも、当時はまだ生活に困らない程度の視力はあったので、信じられない気持ちの方が強かったですね」

オフィスの一角に設けられたマッサージルーム。パソコンが置かれたデスクと2台の施術台が並ぶこのスペースが、現在の野村さんの仕事場だ。

「だいぶ疲れがたまっていますね」

訪れた社員に声をかけながら、筋肉がこわばっているポイントを探り当て、的確にコリをほぐしていく。現在、野村さんは視野の欠損がかなり進み、視力も光を感じられる程度だというが、そんなことはまるで感じさせないほどスムーズに仕事をこなしていく。

1回の施術は、40分。最大で1日6人担当する。
仕事が終わると、身体の筋肉がパンパンに張るが、
心地よい疲労感だという。

野村さんの肩書きにある「ヘルスキーパー」(企業内理療師)とは、マッサージや鍼灸の資格を活かし、企業内で社員の疲労回復や健康管理を担う専門スタッフのこと。近年、企業がヘルスキーパーを雇用するケースが増えているといい、視覚に障がいを持つ人々の新たな職域としても注目されている。

2007年からこの制度を取り入れたサイバーエージェントに、野村さんは一期生として入社。以来10年にわたって社員たちの健康維持のためマッサージを施術している。

「1回の施術は40分間。1日最大で6名の方を担当しています。スケジュールや予約の管理にはパソコンを使いますが、音声読み上げソフトを会社が用意してくれていますし、業務の上で障がいを負担に感じることはさほどありません」

彼女はそう答えてから、「もちろん立ち仕事なので体力的にはハードですが」と言って笑った。

病が奪った将来の選択肢。

野村さんは1979年、岐阜県南西部に位置する安八郡で生まれた。もともと視力は悪かったが、眼鏡を使えば日常生活に困ることはなく、高校までは一般校に通ったという。

「最初に目の異変に気がついたのは、小学校の修学旅行でした。友達と出かけた肝試しでまったく夜目が効かず、何かおかしい、と感じたんです」

その後、ものが見えづらくなる症状はゆっくりと進んでいった。そして高校時代に「網膜色素変性症」の診断を受ける。

「そうは言っても、視力はまだ問題ないレベルだったので、高校卒業後は歯科衛生士を目指して専門学校に進みました。車の免許も難なく取れるほど、ふつうの生活を送っていました」

ところが、この後1年ほどで病状が急速に悪化する。2年になれば臨床実習が始まり、鋭い器具を使った口腔清掃なども行わなければならない。視野狭窄が進んだ状態で実習に出るのは現実的に不可能だった。

小学生時代から、少しずつ少しずつ、視野が欠けていった。
現在は、人の顔の認識も難しいという。

「悩みましたが、専門学校は中退するしかありませんでした。その後、4年ほど地元の企業で事務やポスター制作のアルバイトをしましたが、職場には目の病気のことは言わずに働いていました。でも症状が進むにつれて、作業スピードがどんどん下がっていくのがわかって……。誰かに指摘されることはなかったけれど、自分で『やっぱりもう無理だ』と感じて退職しました」

野村さんは淡々と、しかし一つひとつていねいに言葉を紡ぎ出す。その静かな語り口からは、これまでの軌跡がけっして平坦ではなかったことが伝わって来る。

「病気のせいで自分のやりたいことを諦めたり、将来の選択肢がなくなっていく。仕方がないとわかっていても、やはり辛かったですね」

(後編に続く)

<プロフィール>
のむら・まさこ / 1979年生まれ、岐阜県出身。2007年よりサイバーエージェント初のヘルスキーパーとして勤務。プライベートでは円盤投げの競技選手として、記録更新を目指している。

(制作:SHIBUYA PUBLISHING & BOOKSELLERS,LLC / 文=庄司里紗 / 写真=松本昇大)